二子玉川の楽しみ方を知らない。
というより、私は二子玉川を知らない。
1992年、当時付き合っていた彼女とナムコ・ワンダーエッグに一度行ったぐらいだ。
それと2008年頃に半蔵門線のどこかに貼られていた岩崎俊一氏のコピーぐらいか。
「都心さえ、あこがれる街。二子玉川」
1992年、大学生だった私は東府中の清水荘というボロアパートに住んでいた。
隣のおばあちゃんのくしゃみが聞こえるぐらいのボロアパートだ。
くしゃみの多い時は風邪を心配した。
よくおばあちゃんは玄関前に生えていた雑草をむしっていた。
おひたしにしていたのだろうか。
話を戻そう。
とにかく私は東府中のボロアパートに住んでいて当時付き合っていた彼女と東府中からナムコ・ワンダーエッグに向かった。
東府中から分倍河原、分倍河原から武蔵溝ノ口、武蔵溝ノ口から歩いて溝の口、そして、二子玉川。
このようなルートだったので私は二子玉川を神奈川だと勘違いしていた。
スプレーで落書きされたガード下をくぐった記憶がある。
そんなことを思い出しながらニコビ編集部のFに電話した。
「例のコラムの件だけどさ、やめとくよ」
(次のおはなし →)
2014年6月26日
ライター。酒好き。O型。めがね。